お盆ですね。如何お過ごしでしょうか。
お盆になると毎年不思議な気持ちになります。
いつも触れ合わない土地にいる人たち、日本は広く案外文化や言葉、慣習は異なるので
異星の人たちがコンビニで混じり合っている様子を見るたびに何とも言えぬ心の動きを感じます。
また、昔の同級生にすれ違ったり その親にすれ違ったり
物理的に身近だったけれど 実際には関わりのない距離の遠いひとたちと また交差する不可思議
先輩方は戦争の話を語ります。
隣の駅は空襲で焼け野原だった。
溝に水があったらダメだった
3時間そこに目と耳を塞いで隠れた。
7/6だった 空襲より
黒焦げの死体を踏んでゆくのが辛かった
芋と缶詰を交換してもらいに売りに行っていたけれど
子供だから足元を見られて腐った缶詰だった
そういう時代だった
透き通った目で、ここではない“景色”を見ている目で
遠いような近いような距離を見つめて空中を彷徨っています。
脳って不思議です。景色を思い出すときは、景色を見ている位置に目が動きますね
色んな時代と人とものが全部今ここの時空にあって
老人のような 子供のような それぞれの“あの時”に
皆精神が帰り、それが振る舞いや表情としての“表”に出ています。
子供を連れている親なのに、あのときの子供が歩いているように見える
童心に帰るのとはまた違う 不思議な塩梅です
死と生、こちらとあちらと、あの時と、
全部が一気に動いているのが本当に不思議です。
未来も過去も時間は全て一箇所にあるんだなと、私は日常でも感じていることですが それが日本人全員が共有してる感じ
私の思う無意識の形はお盆の様子に近いです
混沌と不可思議さと奇妙さと、仄暗いのだけど怖くはなくてささやかな明るさと、統合って一つに纏めてしまうことでなくて 一箇所に共存して大渋滞してるイメージ。
この辺はパーツワークとかにも関わるところですし、私の内的世界が そういう動かし方が好きだからそう見えるのかもしれません。
世界でも死の現れは違いますが、リメンバーミーなどの死者の日がヒットして他の国の人たちにも届いているのを見ると 共有できる感覚なのでしょうね。
千と千尋ではないけれど、妖怪でもないけれど、そんなものも混じっていても分からなそうだと思うくらい
みんなの色んなネットワークと時のネットワークが交錯していて。
皆さんのお盆はどのような感覚が湧き上がってきますか?
わたしは熱いものがこみあげるような
懐かしいのだけど涙が出るような、楽しさともう再現できない憧憬を見ます
トラウマ治療すると 酔いが抜けて 何も思わなくなるだろうけれど ここは暫くはこのままでいいかなぁと、思っています。
サマーウォーズのような 夏が私のお盆で
私も皆さんと一緒に遠くに想いを飛ばしながら 過ごしています。
お盆のその様って白昼夢みたいなんだけど 見ている限り没頭の感覚にたぶん近いのですよね それもまた不思議で。
多くの人が認識すれば物事は表出してくる 多くの人が同じものを見れば 物事は埃の中から外に現実として立ち上る(もともとあるものがまえにでる)という風に世界を見ていますが、
多くの人たちが同じ事象やビジョンを映像としてはっきり思えるくらい脳内に見れば たちのぼるから
戦争の無い様子って具体的に細かく想像しにくく、漠然としていますが
はっきり見えるように。皆が同じものを想像して見えるようになれば 実現するだろうなと思います すべてはそこにあって、あるのだけれど砂の幻で、しかし触れられるし、核はある しかし無い
だから支配者とかによって、みんなが集団幻覚をみれば それは現実の意味合いを帯びてすすみだします
テレビとかは よいほうにも 悪い方にも つかえる
光の人や支配者のような先導、扇動、する人がだから必要になってくる
“何を現実として見させるか”
だけれども実際に世界はそうやって、この人は何でこの人は..とか 善悪とか 何も個として切り分けられていなくて 一つの塊だから 二項対立になりようもない 本来は。
トラウマ(ここではナラティブ的なトラウマという語を指す。本来のトラウマはまたもう少し別の文脈だとおもいます)も、催眠も、同じ文脈ですね。
脚色されてピックアップされた物事の切り取り方や
見させられているものを 書き換えていく
トラウマ治療中に皆さんがとりとめもなく思い出されるものや 見えるモチーフや 感覚や その時に戻る表情 なども、時空が混ざって一体になっている様子もお盆の感じに似ていて
やっぱり死にかけたり 苦痛を感じると 肉体は生き延びてるけど 精神は半分あの世とこの世が混じるから だから悩みが生まれて、いかに引き戻すか。あちらにいる半身を引き戻したいという主訴なのかなとかあれやこれやと考えながら、やっています。
催眠状態とか 支配されているとか 切り分けなくてもよくて 切り分けてもよくて
全部自分の中で同時に起動しているからまあ
いいか、という感じで。
心象風景って、綺麗ですよね スクリーンに触れるように フィルムを切り取るように そのような感覚でカウンセリングしています。時にスクリーンの中に失敗して入り込んでしまったり しながら。





